表現者とは、行政主導型ブームとは。

 

 

 

年明けから、このような文面は過去書いた事が無いかも知れない。

 

最近、2極化の動きとして、ライトな見学と、重力以上の相談が増えて来ている。

 

簡単に言えば、昨今のブームとまでは言わないが、

障害者と共に「楽しくやろう」

障害者と共に「面白く社会を変えていこう」

障害者と共に「人を気づかせよう」

と必死になって、人と行なうのではなく、「障害者」と行なっている現状がある。

これは、とても厄介なことで、笑えない。

その時は、確かに楽しいし、賛同する方も増えるだろう。

そして何より、自分が仕掛けている事に「自分が立つ」冥利に尽きる。

継続性より、一過性重視が、俗にいう「障害者」「人」の本質的な想いから

どんどん遠ざかっているに過ぎない。

 

四国や山陰、九州に関東、そして近畿、今日は。。

「・・・」の特に障害のある方の表現に特化した方々とお話ししたが、

どうしても行政主導型ブームに翻弄させつつある。

絵を描く事や、何か自己表現することに着眼は置いているが、

長期的にその方々と「歩む姿勢」よりは、全ての事は理解出来ていて、

とても素敵な社会を築いていけるんです、

ましてや障害のある方も楽しんでいるし、

こんなにすごい絵も出て来ているし、

この方々の素直な問いかけが、社会の人のヒントになるかも知れませんみたいな、

言い方は悪いが「にわか風本質的」その方の満足やその方の望みとはなんなのか、

そして華やかな舞台と幻想的な注目度に負けてしまい、

一貫とした取り組みや考えよりも、

言葉は軽いが「乗っかる姿勢」がとても脇にズレているような気がする。

 

今日は、全ては書けないが、年々増えている。

その方の希望とは、その方の将来とは、その方の求めとは、

人それぞれ違うことを障害福祉の豊かな日常を保つ事が出来る、

実は「大きく、おおらかな枠」を駆け足ではなく、

時間を掛けて熟慮したいものである。

 

今一度、書くが、通われている方の満足を満たす場が必要であり、

それを見抜くにも地道な営みがあり、

表現者とは、一緒に何かを待つとか、

それを望んでいるのかを、考えずしてこの行政主導型ブーム(ムーブメント)に、

にわかに進む事は、本来ある人の想いから、どんどん遠ざかっている。

 

この考えは、全てに当てはまる。

政治は人と社会と未来ある日本の維持の為

企業は人と豊かな社会と株主と社員そしてステークホルダーの為

学校は人と生徒と未来をつくる社会の為

地方自治体は人と豊かな社会の流れの為

人は出来るだけ充実した世界に生きる為

 

弱いが強く、強いが弱い真理を活かして。

 

最後に、とても参考に出来る、行政主導型も存在するが、

まだまだ互いの成熟度をキープするには時間がかかるのかも知れない。

 

障害者「人の表現」に他者が社会にフィットするように関与すればするほど

にわかファンは増えるが、本質的な底上げにはならない、

結局ご本人の「かすかな声」は、「かき消され」、

「大きな声が」はぐらかし、本質を惑わす。

そのような企画や、そのような場が増える事に、

危機感を抱き感じながら。。

 

 

長い文面、箇所箇所に乱文になりましたが。失礼致しました。

 

 

「何かを守りたい」一心で。

 

 

しんかわ