新年度のご挨拶 「模倣と模範」

4月7日付 新年度がまた始まった、、慌ただしい毎日の中で何が正解か考える日々。

正解ではなく、正しさを意識している日々。

 

恒例のご挨拶が始まっているが、年々身の詰まった流れになっていることは、

それだけ残されたリミットが確かにあるのだと実感している。

僕は今年52歳になる。常に駆け抜けてきた歳月の中で、自分のオリジナリティを探していた、

とても良いワードを見つけた時に発信すると必ずと言って良いほど誰かも同じようなワードを使っていることに気づく、

そう、もうそれは模倣の連続なのだ。

 

知らず知らずに自分の考えだと思い込み、斬新に新鮮に言の葉を落とし込む、だがそれは重複している、

昔、野球をしている時に良いものは盗めと言われた、盗んでも自分の物にはなりにくい事も気づいた。

それは浅はかなペーストと深部の物事に達していない心中。

わかる人にはわかってしまう。でも、良いものは真似をすべきだとも思っている。

 

片山工房も先人のイズムを少なからず影響されているのだろう。

学習も仕事も人格も成功も「模倣」の賜物。

この模倣と言う枠を破壊した時に、初めて「自由」と「模範」を手に入れるように感じている。

意識的な模倣より、無意識の模倣が鍵だと思うのだが。

 

片山工房は24年目に入っていく、干支を2周しようとしている。

やるべきことはやっている、後3つだけ出来ていない。後3つ。

「ガラパゴス化と最新」を両手に持ちながら邁進したい、話は変わるが障害者アートとはなんなんだと自分に問いかけている。

20数年前の作業所当時、澤田隆司と右足で描きながらワクワクしながら遊んでいた、

ある時、障害者限定のコンクールに募集したら入選した、その時から「障害者アート」が始まってしまった。

限定と言う枠にこちらから飛び込んでしまった。障害者限定の毒である。

抜け出すには、「障害である前に人である」フレーズを10年前に造った。

未だこのフレーズを使用している世の中に辟易するが、もう少し歩んでいこうと思う。

模倣してほしい、芯を喰らう模倣を。。

 

今年度も、皆々様のご支援をいただきながら、地道に着実に確実に進めて参ります。

時代を変えるのではなく、変わりゆく時代に一筋の軸を放つことが、

ムーブメントから逸脱した真の在り方を正統すべく、心を尽くして参ります。

長田と言う土地のローカルにしっかり杭を打ち、海外でのメジャーらしき場に身を委ねながら、

必要なもの精査を繰り返し洗練した源流となり、極めてシンプルな今をスタッフと利用される方に向け、

動かざる導きの北極星の輝きを恒久的に保つように心がけながら、私の真の模範の姿とします。

未踏の場を踏むために。

 

代表 新川修平拝