ふたつの場 「京都と大阪」

 

一つ目。京都。「めぐるアートをめぐる」に実行から関わる、

何かを成すには、それなりの落としどころも存在して、

でも、現実的に実在する場をしつらえるには、

それそうとうの「考え」と「動き」が必要だったと思うと、

動かれた方々に敬意しかない。

 

 

片山工房軸で話を進めれば、メンバーである松浦愛夢さんの作品と、

いつも創作の傍らで、寄り添っている、スタッフの榎との映像「動き」が

映し出された会場に、俯瞰ではあるが、

淡々と事を進める「美しさと職人気質」を感じた。

この映像に限らず、ほぼ工房内はそのような空気感がやわらかく漂っている。

会場は全体の構成もしっかりと成され、

ある意味、全てが一つの作品のように一体感と「大きな存在感」を放っていた。

これからの、障害のある方のアートシーン「表現の土台」をまじまじと感じた。

 

 

その中で、やまなみ工房の山下さんと

たんぽぽの家の森下さん、岡部さんを交えての

トークイベントに参加させて頂いた。

実際のところ、どのようになるかは蓋を開けないと

分からない場ではあったが、いつものように講演と言う「型」から、

「自由」と言うフリーな世界観は刺激的でもあった。

 

 

質問と自己回答を繰り返しながらも、

やまなみ工房さんの確たる理念や創造に巨大な母船を感じながら、

片山工房の船を意識させて頂いた。

 

 

障害のある方のアートを全面に押し出してはいるが、

氷山の一角が「俗にいう障害者アート」であり、

思想は海底に隠れている、

その隠れた存在を見せるのが「語りであろう」

 

今後も、このような「語り」が一般市民に広められ、

専門分野と言う「特殊」な世界観から脱することを願いたい。

実行の方のみならず、縁の下の方々、

関係者各位のご尽力に頭が下がり、尊敬の念で一幕の言葉とす。

 

余談だが、トークとして、アトリエコーナスの白岩さん、

スウィングの木ノ戸さんのお話しも伺いたかった。。

 

そして、やまなみ工房スタッフさん、

アトリエコーナススタッフさんの勤勉さに、

自身の堕落した姿を感じ、

背筋の伸びる想いであったのは言うまでもない。

 

 

 

 

二つ目。大阪。「about me2」about meの1回目から、

セミナーの登壇者として参加させて頂いているが、

根源は障害のある方の公募展において、入選以外にも、

もっと良いものがありその中にも「物語」が存在する場を

表現できることは何かを追求した「展」を具現化した場であると感じている。

 

 

今回で2回目だが、より精度が増して「ひと・人」が見える、

作品の善し悪し以前に、「行為の結晶」を降っている雪の粒を顕微鏡で見た

「異なる美しさ」を感じ熟知している方々が社会に問う、

作品の背景と言うよりも、人の生活営み、

そして「人の喜怒哀楽」を「やさしく・すくう」

秀逸な実行委員の方々の冥利に尽きる。

 

 

その中での、トークイベント、ファシリテーターの中津川さん、

ライプハウスの大澤さんとのセッションに参加させて頂いた。

お二方とも、芸術家の顔も兼ね備え、

「行為の本筋」の軸は決してブレないところに、

本来ある「作品と人」の本質を垣間みる事が出来た。

 

 

自分に至っては、「人が作品なのか作品が人なのか」

その点を終始思案しながらのフリートークでもあった。

 

流石に、お二方とも、人を熟知した流れでの「作品」を照らす話に、

改めで片山の「絵」とは何かを考えることになる。

中津川さんの話の振りは、的を得、

こちらの言葉にしたかった「もの」を引き出して頂いた。

初めにYELLOWの水野さんの講演も、とてもシンプルで良かった。

 

 

突起すべきは、プロデューサーである鈴木さん率いるチームの存在である、

開催に合わせて美しく設えた80ページにも及ぶ製本を手に取った時に、

確たる熱量を感じ、それがこの度の成功につながったと信じている。

 

この2つの場には、お顔の見えない大勢の方々が、

構成・展示・搬入・搬出などなど、

「見えない存在」が「本当の主役」であると感じ、

その方々なくして、この場は存在しえない。

 

参加された多くの施設や作家さん、

鑑賞して頂いた方々あっての場と

「本当の主役」の方々に敬意を表して。

 

この度の経験を、また肥やしにし、

自分を律する日々が続いていくのであろう。

 

文脈長々となりましたが、

ご一読頂きありがとうございました。

 

 

「ふたつの場」を頂戴した事を深く感謝致します。

 

 

 

しんかわ拝