スズメバチ

 

人それぞれの普通は違うのだが、研ぎ澄ました時の普通の目は光を見ている事が多い、

研ぎ澄ますとはとても忍耐が必要なことである。

自分を如何に消すか、他の能力を信じるか。

最近も人に会う機会が多い、特に初対面の方が多いが、

やはり礼儀と言葉遣いで測れるものがある。

 

先週、片山工房の電気が3分の1消えた、

大抵マイナスがあればそれ相当のプラスが生じる。

その時も、ある町の電気屋さんが汗をかきながら直してくれ、

あまりに小さな故障だった為か、なにも受け取らず帰ろうとした

これではと思い、ばらソースをお渡しした、

色んな要因を鑑みての電気屋さんの判断だが、

これには頭が下がる思いだった。

あの方の目にはこれが普通だったのかも知れない。

 

駄菓子屋で、次女と三女にいつも買うお菓子ともう一つ「飴」を買おうとした時、

ふたりにお母さんに内緒やでと話したら、

ふたりが、私たちとお父さんと神さんは知っていると言った。

あのふたりの言葉にはこれが普通だったのかも知れない。

 

世の中には、たくさんの普通があるが、今一度考えたいものである。

 

水は低きに流れるもの、低きは濁る。ならば源流の澄んだ目でいたいもの。

お会いする方や、案件、巡り合わせ、ご縁、長期戦、ビジョン、風鈴に蝉の声。

常に自分を磨き研ぎ澄ましていたいものである。

出会う方、寄り添える方は全て自分の鏡。

向こうから自分が歩いてくるのだと。

 

地味が派手であり、地道が成長であるように。

光射す方向は出口ではなく、入り口のように。

 

普通の方と普通に歩みたいもの。

心の目を大切にしたい。

 

台風が去った青空を見上げながら。

スズメバチが空高く舞い上がり

 

小さな虫が靴を横断した。

 

 

しんかわ